おたのちい日々Mk.Ⅱ

日々のたわごと

2018年2月28日

 今日で2月が終わりか、意外と色々あったかなあ

 それで明日から3月、就活の情報が解禁され始める訳である。こうあれよあれよという間に終わってしまいそうな気はする。何とか無事内定とやらを頂けることを祈るのみ

 とかんなこと思ってたらバイトの応募先にお祈りされちまったよ。あんだけ都合のいい返事しまくっても振られるときは振られるのね……

 というわけで改めて他の場所に一件応募して更に派遣会社的なやつに登録

 収入が奨学金が入ったは良いものの定期券やら飲みやら何やらであっという間に消えてしまうことは目に見えているので早いとこ安定した収入源を見つけねば

 最低でも来週からは何らかの形で働けているといいな

 トルコ語も最近は留学ショックもあってみるのも億劫だったがセイフェッティンの作品をまた読み始めている。こう時代だから仕方ないのだがそこはかとなく作者の女性への凝り固まった偏見が嫌でも目に入る。女性がらみの話だと大抵下世話なものに終わってしまうのが残念だ

 今日読んだのは「貞潔」というお話。ある医者が親族からお見合いを薦められて看護師と聞いて受けたら身なりの良くないアラブの女性がやってきて何も望まない代わりにひとつ「自分が死んでも男たちのいる墓に入れてくれるな」と頼んでくる。理由を聞けば死後に男性たちに辱められるのが嫌だからということらしい。だが医者はそれを一笑に付し、「死んで男が何をするというんだ、どうでもいいことだよ」とのたまう。その言葉に女性は激高し、彼の不潔さを詰りながら去ってしまう。その後、親族からお怒りの手紙を頂戴することになるのだが、確かに彼女のように死後であっても貞潔を保とうとする誠実さが今の白人の妻にかけらでもあればとしみじみ思うというところで終わり

 こう、今の女性が読んだらあっという間に沸騰しそうなひどい話である。しかもそこまで深いテーマがある訳でも無し…

 本当はどうであるかはさておき、自分は修論は「できることを出来る範囲で書く」ものだと思っている。今まで読んできたセイフェッティンの話は小話の域を超えるものは見られず、どういうテーマを提起し書いていくかだいぶ困り果てている。魅力的でテーマに出来るなと思えるような作品にいつになったら出会えることやら