おたのちい日々Mk.Ⅱ

日々のたわごと

2019年1月18日

    絶賛筋肉痛☆

    昨日やっぱ辛かったんだな…。両腕が痛くて痛くて、一日中難儀した。荷物がいっぱいになってしまったので明日PTTから送ろうと思う。本当はDHLってところを使いたかったんだけど量的に途方も無い金額になりそうで…合計額250リラのものをそれ以上の値段で送るのは…ねえ?ただかなりドッキドキですな。一応調べてみる限りトルコから日本に送る限りはしっかりしてくれてるらしい。のでそれを信頼しようと思う。プチプチマットもしっかり巻いてあるし多分割れたりしないよね?ね?割れてたら本当に許してつかぁさい

    今日も特に何もなし。いち早く日本に帰りたいなと思う日々。トルコ人の知り合いとお茶でも…とか考えたけどいっかなって。疲れたでござる

    そういえばテストの結果が正式に発表されて順位とかも見れた。トルコ文学史が1位だった。努力の賜物と喜ぶべきなのか下駄を履かせるにしてももう少し加減すべきではと思うべきかよく分からない。まあ中間試験が足引っ張ってそんな総合成績良く無いんすけどね。総合成績評価はBBだった。AA.BA.BB.CB...ってなるから多分三番目。悪くないっちゃ無いけどもそれでも俺にデタラメ抜かしたあいつはちょっと許しがたい。何が論文読む必要ないだよ…

    まだ帰国まで3週間もあるし総括するには早いけども良くも悪くもトルコ人のいいとこ悪いとこを満遍なく見れてきたと思う。後の人生経験に生かせればなあ

2019年1月17日

    ち、ちかれた…

    新市街に足を伸ばして色々買い物をしたのだが多分見なしで合計5〜10Kgの荷物になってしまって…それを持って慣れない土地を歩くもんだから疲労がすんごい。にしても新市街はすっごい栄えとるなぁ、至る所にビルが建ってて現代感がすごい。一方で耐震とか大丈夫なのかな…て思っちゃうけども

    タクシムのイスティクラル通りは魅惑の街だったがちょっと怖かった。あんまボーッと歩けるとこじゃないね。ちょっと緊張した

    疲れた、寝る

2019年1月16日

    なんとなくトルコ来てから色々気付くことがある。例えば猫好きなところだ。トルコの特に俺が住んでるところやマルマラ大学の周りとか野良犬やら野良猫が結構いるのだが人気だと猫が圧倒的である。飲食店やらスーパーやら衛生面に気を付けないといかん所でもトルコ人は平然と猫を招き入れようとする。トルコ猫は人懐っこくていいとよく言われるが個人的にはもうちょっと慎みが欲しいところだ。というか多分こいつらのせいでかかってる病気がそこそこあると思う…なんか心当たりそこそこある…

    もう一個、例え数日だろうと滞在すれば気がつくのが話好きなところ。とりあえず話す。電話大好き。バスの中で誰も電話してない時なんてない。大声で遠慮なくペチャクチャ。ドライバーもペチャクチャ(乗ってる俺は気が気ではない)。勿論褒められた行為ではないがあんなジェスチャー交えながら電話して運転するなんて器用なもんだ。

    トルコ文学を語る上で欠かせないのが口承文学だ。紀元前の、遥か昔の記憶すら伝えると言われるこの文化はトルコを形成する要素として欠かせないものである。口承文芸、例として叙事詩(デスタン)などが挙げられるがこれらの担い手は単に娯楽だけではなくその共同体の賢者として歴史や教育、裁判など多くの役割を果たしてきた。トルコ系民族のイスラム教浸透に一役買ったのも彼ら語り部(オザン)であると言われている。部族の長ですら彼らオザンに相談してからことを成したとのことだ。これら語り部が伝えてきた作品が後に書き留められ『デデ・コルクトの書』や『オウズ・ナーメ』と言った作品が形成されることになる。兎にも角にも語り、というものがトルコ系民族にとって欠かせない要素であることは疑いないだろう。騎馬民族だったトルコ人にとって車とは馬であり、馬上で語らう癖が残っている…というのは妄想が行き過ぎだろうか

    も一つ、これは全くの個人的な偏見なのだが、それは傘だ。トルコ人は大抵傘を差さない。日本と違い、トルコは結構な頻度で雨が降るのだが大抵彼らは適当にフードをかぶって歩いている。実際街を歩けば分かるが人が多すぎて傘をさすと邪魔なことこの上ない。そのせいかもしれない。ちなみに雨が降っててこれから外に出るときは窓からトルコ人の様子を眺めてからにしている。こんな彼らでも傘をさす時があって大体そういう時は大雨なのである

2019年1月15日

    カドゥキョイに行ってきました。特に何もありませんでした。ヨーロッパ側に渡って美味しいものを探そうとしなかった僕が馬鹿でした。ちょっと期待してたんだけどな…何もなかったヨ…
    今日も寝不足、一日中靄。もしかして部屋の空気が澱んでるのではと窓を開けて換気、寒い。ちょっとはマシになったろうか。兎にも角にも明日から本当に動き始めねば!
    先生に会う。案の定相方くんは今度来る奴のことについてしっかり伝えてなかった。キレそう。今度会った時はたいたろか。23歳になって…連絡出来んて…
    そろそろ要らない衣類とかまとめてPTTで送ろうか。明日学校の中にある支店に聞いてみよう

2019年1月14日

    慢性的な寝不足…いや、睡眠時間は十二分に足りてるんだけどどうしても眠りが浅くて。暖かくして寝てるんだけどねぇ…お陰で昨日今日と一日中頭が靄がかかって難儀しました。こういうときって昼寝もなんかうまく出来なくて本当に辛い

    月曜日の本命の試験、別名最終戦争が終わって大体一週間、精神的にだいぶ落ち着いてきたと思う。四年生のときに手を出すも全く歯が立たなかった論文に再挑戦すると読める…読めるぞ!相変わらず抽象的なテーマなので噛み砕くのに何回も読まないといけないだろうがそれでもスムーズに読めることに驚いている。日本にいたままだとこのスピードは手に入れられなかっただろうし、長い目で見ると留学は遠回りじゃなかったなと思う。それだけではなくて、人間的にも少しは成長できたかな(こっちは疑問符がつくが)と思う。何もかも自分から動かないとままならない、そして失敗すればゲームオーバーみたいな状況に置かれてこう、色々とダメだったとこも多少は直ったんじゃないかな…直ってない?そう…この留学は本当、色々な人の協力を受けて出来ているものだ。その中で収穫があった、というのは周りの人達の支援も無駄にならなかったと言えるだろう。ただ嫌な思い出ばかりでしたまるというのもつまらないし

明日から一週間は勉強はもちろんのこと、ちょっとふらついてみたいと思う。頼まれてるお土産もあるし、美味しいものが食べたい。明日はいきなりヨーロッパ側行くのもあれだし、カドゥキョイ辺りを散策しようかな。この2カ月行ってないし

2019年1月13日

    パソコンでやってたこともスマホに集中してしまうので本当に目が辛い。斜視とかになっとらんだろうな…
    ちょっとずつ勉強モードに移行中。時間がなさすぎ
    なんかテスト週間の癖が抜けきらず浪費気味…気を付けねば
    というわけで今日も今日とて夕飯は外食だったわけだが、料理を運んできたウェイターに「日本人か?」と聞かれた。この言葉に違和感を覚えてしまった。ネイティブが話すトルコ語にしては発音やらアクセントが少し変なのだ。特に日本人'Japon'の発音がジャポンとなるはずがジギャポン(ちょっとギャが弱い発音だった気がする)と聞こえた。そういえばイタリア行ったときに聞いた「日本」の発音がこんなだったような気がした。もしかしてトルコで働いている外人かと「どこの国ですか?」と聞いた。するとこの小気味のいい髭を生やした男は少し小声で「クルド」と教えてくれた
    自分はクルドについて知識を持ち合わせていないし、ましてその男の境遇などかけらも知らない。幸せに暮らしているのかもしれないし日々謂れのない罪に問われる恐怖に苛まれながら生きているのかもしれない。そんなことはどうでもいい。が、発音やアクセントで日本人の自分ですら「あれ?」と思われてしまうようではトルコに溶け込むのは苦労するのではないだろうかと余計なことを考えてしまった。クルド人に会うことは滅多にないので他のクルド人がどういったトルコ語を話すのかはよく分からないがそれでもやはりネイティブのように使いこなせるまでは相当の努力が必要なのではないだろうか
    たまたまその男があまりトルコ語が堪能ではないという可能性もあるにはあるが
    ただクルドと聞くとトルコとの関係は険悪でお互い顔を合わせれば一触即発みたいな変なイメージがあったのだが彼の存在はそうした偏見を払拭してくれた。彼が今後も危険に見舞われずレストランで働いていくことを祈る

2019年1月11日

    トルコ語のテスト終了。適当にやっちったけどまあなんとかなるっしょ。最後のやつあれで答え方あってたかな?

    相方と話して色々魂消た。大丈夫だろうか彼らは…

    取り敢えずまとめよう。現在自分が利用している留学制度は協定を結んでいる学校と留学生を「交換」するという形で行われている。こちらから一年分留学させてもらう代わりに相手からも一年分留学を受け入れるというシステムだ。ところが自分は今回、種々の事情を考慮した結果、半年のみの留学をしている。しかし「交換」というシステムに基づき、相手が一年留学するためには、残りの半年を埋める人間が必要となる。そこで今回半ば例外的な対応だが自分の帰国後に新しく他の子が残りの半年を留学することになる。次学期は来月ないし再来月からとなるので当然トルコに来るのは環境への適応も考え今月ないし遅くとも来月となるのが自然だろう

    で、だ。一応近況報告というのも兼ねて留学先の先生には時々お話をしている。それで今週も先生に遅ればせながら新年の挨拶に向かったのだがそこで気になる言葉を聞いた

「新しい子はいつ来るの?」

    この言葉を聞いたとき自分は唖然とせざるを得なかった。なぜならこちらは新しい子がいつ来るか知っていたからだ。今月の25日と聞いている。にもかかわらず先生は知らなかったのである

    確かに外大の子ともなれば旅行経験豊富で自分のように国外で過度に取り乱すことも無いのかもしれない。が、だ。自分が慣れていようが事故は起きる。自分が原因でなくても外部的要因で巻き込まれることは十分にある。その時に責任を負い、然るべき処置を取ってくれるのが留学先の先生である。命を握られてるとも言えなくもない。どちらにせよトラブルの際には先生に一任せざるを得ないのである。にもかかわらず知らせていない。知らせていないことをまずいとも思っていない。万が一事件に巻き込まれ、その子が大変な状況に陥ってしまえば先生とて責任を追及されるかもしれないのにその事すら分かっていない。それが恐ろしい

    もっと恐ろしいのはこちらがそう言っても相方が怪訝な顔をしたことである。「そこまでしなくとも…」「過保護すぎですよ」とまで言われた。違う。何かあったらそれに皆巻き込まれかねない。お前とてその一人だということが分からないのか。そう考えようともしないのか。あまつさえ彼はわざと自分が用いた「(こちらが空港まで彼を迎えに行くんこと考えれば)わざわざ来てもらうんだから到着の時間を伝えるのは当たり前でしょ(日付自体は知っていたのだがずっと何時に着くかは不明だった)」という表現の言葉尻を捕まえて「そんな恩着せがましく言うくらいなら来なくてもいいんじゃないですか」とまで言ってきた……なんでそんな言葉の表面しか拾わないんだ。連絡を怠ったことを棚に上げてなんでそんなしかめっ面を俺に見せるんだよ。しかめたいのはこっちだよ!!

    結局、彼は渋々ながら自分の目の前で彼に聞いてくれたのだがなんとその子が到着するのは2月3日の午前4時とのことだった。疲れた。なんで皆外国行くのにそんな呑気なの……こっちはヒィヒィ言ってんのにさ